翻訳コーディネーターから見た特許翻訳の世界
前職では、特許の翻訳会社で翻訳コーディネーターをしていました。(2016年のお話)
「翻訳コーディネーターから始めて、私もゆくゆくは特許の翻訳者になりたい!在宅で働きたい!」という思いから始めた仕事でしたが、悩んだ末1年で転職することにしました...。
翻訳コーディネーターという職に興味のある方、特許の翻訳者になりたいと考えている方は参考程度にご覧ください。
私は翻訳会社はわずか1社しか経験しておらず、勤続年数もわずか1年です。全ての翻訳会社が私の書く通りとは限りませんので、ご注意ください。
また、記事の内容は申し訳ないですがネガティブです。
翻訳コーディネーターという仕事
採用面接に関わっていると「翻訳がしたい!」という志望動機で応募してくる方もいらっしゃったのですが、基本的にコーディネーターは翻訳をしません。
顧客と翻訳者をつなぐ役をします。
たとえば、顧客からの翻訳依頼は翻訳コーディネーターが窓口になります。
翻訳者によって得意分野、英語力、スケジュールが異なるので、特許の分野、分量、難易度を考慮して、その案件に最適な翻訳者に仕事をお願いします。
翻訳業界に入るまで知りませんでしたが、翻訳業界にも下請け会社が存在します。
下請け会社の場合、顧客は大手の翻訳会社です。
前職の場合、特許を持っているお客様から直接の依頼もありましたが、ほとんどは大手の翻訳会社からでした。
仲介を挟めば挟むほど、翻訳単価は安くなり、納期も短くなっていきます。
末端の翻訳会社に勤めていた私は、請け負ってくれる翻訳者が見つかるまで、いろんな翻訳者に案件をお願いし続けるのでした…。
いかに早く翻訳者を見つけることができるかで、残業時間が変わってきます。
納期が短い! そして翻訳者も捕まらない!
納期の短い案件がなかなか自分の手元から離れていかない時は、ひやひやしました。余程理不尽な案件でない限り、断ることは許されませんでした。
私はわずか1年勤務しただけですが、顧客の大手翻訳会社のコーディネーターは1年の間に3人程退職されていました。担当者が退職する⇒新しい人が来る⇒退職する⇒新しい人がくる、の流れが3回です。
会社によっては翻訳コーディネーターは在宅でできる仕事なので、人によって向き不向きのある仕事だと思います。
好きなことを仕事にすることの落とし穴
「好きなことを仕事にする」というのは素敵なことですが、その分買いたたかれやすいのかな? となんとも言えない気持ちを抱きました。
翻訳業界に入って分かったことですが、「翻訳者になりたい。翻訳で生計を立てていきたい」と望まれる方はそれなりに多くいます。
私の担当案件は納期が短く、単価もかなり安い案件ばかりだったのですが、必死に探すと喜んで引き受けてくださる翻訳者の方は一定数いらっしゃるんですよね。
もちろん、「そんな案件は引き受けられません」と怒られる翻訳者もいますが。
顧客から翻訳料を値切られることもありました。前職では、顧客から交渉が入るとほぼ要求をのんでいました。
「こんな安い単価じゃ引き受けてくれる翻訳者いないよ!」と経営者に抗議することもあったのですが、どんな時でも頑張って探せば引き受けてくださる翻訳者の方はいらっしゃるんです。
申し訳ない気持ちで仕事をしていました。
嫌いな仕事だったら「そこまで安いお金だったらやりたくない」と断ることができるのでしょうが、好きな仕事となると、安くても引き受けてくださる方は多いです。
「安くても仕事を引き受けてしまう」
好きなことを仕事にする上での落とし穴だと思いました。
優秀な翻訳者に仕事が集まるとは限らない
実際に働いていて私が疑問に思ったことです。
もちろん一握りの優秀な翻訳者はいつも忙しくしていますし、誤訳や訳抜けが極めてひどい翻訳者は暇そうにしていました。
ただ、翻訳の腕と忙しさは必ずしも比例していないというのが私の印象です。
前職の会社ではそれほど評価されていなかったフリーランスの翻訳者がいつも忙しそうにしていたり、優秀だと評価されていた翻訳者が意外にも暇していたりとさまざまでした。
優良案件をお願いしていたわけではないので、断り文句として「スケジュール上引き受けられない」と言われていた可能性も十分あるのですが。笑
私がよく翻訳案件の伺いをしていた翻訳者の方は、顧客からクレームが来ない程度の最低限の英語力と専門知識があり、そしてメールの返信が早く、翻訳スピードも速い方です。
メールの返信が早いと、「だめもとでこの人に聞いてみようかな」という気持ちが湧いてきます。
基本的に同時に複数人にお伺いすることはなく、1人ずつ聞いていくため、聞く人を誤ると貴重な時間をロスしてしまうことになるためです。
結構、翻訳コーディネーターの好みによってお願いする翻訳者の方は偏る傾向にあります。(マニュアルなどが特にない中小企業の場合です。)
私が好んでお願いする翻訳者と、他のコーディネーターが好んでお願いする翻訳者は多少異なりました。
「翻訳コーディネーターが頼みやすい人か」ということが少なからず影響してくるため、翻訳者の腕と忙しさが必ずしも比例していないのかもしれません。
機械翻訳が進む特許翻訳業界
特許の翻訳は、会議資料の翻訳とは少し異なり、誤訳があると権利の幅が狭まる危険性があるため企業にとって命取りになります。
そのため、機械翻訳とは相性がよくないと聞いていました。
しかし、私が退職する頃には機械翻訳がかなり進んでいました。
特許の翻訳者がいらなくなることはないと思うのですが、今後は機械に翻訳させて優秀な翻訳者が誤訳がないかチェックしていく形になるのかな?と勝手に予想しました。
「翻訳がしたい、自分の専門分野を生かしたい」という方は問題ないのですが、「翻訳で高収入を得たい」という方にはもしかしたら不向きかもしれません。
特許翻訳者を目指さなかった理由
一番大きかったのは、「この先翻訳者が淘汰されていくだろう分野で、いま私が参入してやっていけるのだろうか?」という懸念でした。
まずは翻訳コーディネーターから始めて、ゆくゆくは…と考える程度の英語力です。すぐに翻訳できる程英語力は高くありません。
また、少なからず影響したのが、顧客からのクレーム対応です。
前職では翻訳コーディネーターがクレーム対応の窓口でした。他人のミスを謝るのは少し心が痛んだだけでしたが、これがもし自分の翻訳ミスだったら…と思うと恐くなりました。
そして私は次の職が見つかりやすい20代のうちに、2度目の転職活動に踏み切ったのでした。
私は違う道を選びましたが、今でも特許の世界は興味深く魅力的だと思っています。
興味のある方は、実際に踏み込んでみてもいいと思います。中には、働きながら特許翻訳をされている方や、セミリタイヤをして特許翻訳の世界へ入ってくる方もいらっしゃいました。
特許の世界は、他の業界に比べると年齢が高くても入りやすい業界だと思います。
今日はここまでです。
ご覧くださり、ありがとうございました。
続編もあります。
結衣子
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